【研究】音楽観の変質 最近は、TVコマーシャルで曲や歌手が有名になる、売れるということが非常に多くなった。レコード店には〝コマーシャル・コーナー〞とかいう売り場が用意されて、そういうレコードが売られているし、またそれでよく売れるようである。
【研究】アメリカ的なもの 1 ジェロウム・カーンが最初のアメリカの作曲家、最初のアメリカ的な音楽を書いた作曲家と言われるのは、一つには彼がアメリカ生れだったことによっている。これは日本人にはなにか奇妙なことに聞こえるかもしれない。
【研究】昭和30年代の日本人とアメリカン・ポップス 映画の主題歌であれなかれ、このころのこういったアメリカのヒット・ソングは日本人の生活にも非常に大きな意味をもっていた。アメリカのヒット・ソングを生活のなかに受容するということは、昭和20年代はまだ一部のマニアだけのことだったが、30年代になると日本の全大衆を巻き込むような現象になっていった。
【研究】ティン・パン・アレイ Tin Pan Alley ティン・パン・アレイとは元もと1900年代の初めごろニューヨークの楽譜出版業者が集まっていた一画をさしてそう呼んでいたものだ。細かくは 28th street の Fifth から Sixth Avenue にかけての地域で、ここいらへん一帯の俗称である(alleyには横町といった意味がある)。
【研究】シカゴとジャズ ジャズはその発生の地ニュー・オルリンズから時代とともに少しずつ北上していった。それはミシシッピィ川とその支流であるミズーリィ川を遡上するようなかたちで北へと向い、カンザス・シティなどを経由してシカゴヘと全体が動いていった。
【研究】ラテン・リズム ラテン・リズム Latin rhythm という言葉は、勿論、アメリカ英語で、正確には Latin-American rhythm と言う。〝ラテン〞は元もとは地中海沿岸の国ぐに、民族をさして言う言葉で、中南米はスペインとポルトガルが征服したので、それらの国や地域をラテン・アメリカ Latin America と呼んできたわけだ。
【研究】ユダヤ人音楽家 ジャズ、ポップスを問わず、映画やミュージカルを問わず、作詞、作曲家にはすこぶるユダヤ人が多い。ユダヤ人がヨーロッパやロシアからアメリカヘと亡命する、または移住するというのは、19世紀後半からずっと続いてはいたが、このゴーニィが来た1906年頃はとりわけ移住者が多かったようだ。
【研究】言葉の中立性 日本語には男性言葉、女性言葉、敬語、丁寧語、謙譲語など、性質の異なる言葉がたくさんあるので、本当にぴったりとした訳語を探すのがなかなか難しい。単語自体が中立ではなく価値判断をすでに担っているという点が、とても厄介で扱いにくい。
【研究】Okies オウキィズについて 私はラッセルのことを詳しく知っているとは言えないが、レコードの解説などによると、彼は’41年オクラホマ州ロートン Lawton に生まれ、タルサ Tulsa で育ったと書かれている。オクラホマ州は’33年に大旱魃に襲われている。
【研究】歌のなかのユーモア こういったユーモアは英語の歌の最もいい点かもしれない([Pennies from Heaven]の[補遺]参照)。日本の歌の場合、演歌や歌謡曲だけでなく、フォークやアイドル・ソングなどにもほとんどユーモアはなく、そういう状態は最近になって強まってきているように見える。