【研究】オスカー・ハマースタイン二世のエッセイ 3(曲づくりにおける制限と自由の均衡) さて、この音楽を先に書きあとから言葉をつける習慣は奇妙で不合理なものだが、それでいてまったく報われないものというわけでもない、とオスカー・ハマースタイン二世は主張している。
【研究】オスカー・ハマースタイン二世のエッセイ 2(曲のリズム、韻律と作詞術) もう一つの理由は外国に関係するものではなく、純粋にアメリカのもので、それはいわば〝壊れてきたリズム the broken rhythm〞だという。
【研究】オスカー・ハマースタイン二世のエッセイ 1(ヨーロッパ、ロシアからの移民の作曲家) ヨーロッパ、ロシアからの移民の作曲家は19世紀末から今世紀初めにかけて非常に多くアメリカに渡ってきている。アーヴィング・バーリンを初めとして、ヴァーノン・デュークはもちろん、[Be My Love]のニコラス・ブロツキィ然り、[Wild Is the Wind]のディミトリィ・ティオムキン然りである。
【研究】エセル・ウォーターズ([Taking a Chance on Love]についての考察) この歌は二番を省いて一番と三番を歌う人が多いが、ウォーターズもそうしているものの、彼女はそのあとに滅多に聞かれない四番を歌っている。
【研究】アーヴィング・バーリンの生涯 アーヴィング・バーリンの生涯は長く、それを書くのはとても短い文で片づくようなことではない。なにしろ彼は1888年にロシアに生れていて、5歳のときにアメリカに来て1989年に亡くなるまで101歳もの長寿を全うした。
【研究】アーヴィング・バーリンと著作権規定 本書の初版に私は次のように書いた。──アーヴィング・バーリンは1989年に101歳の長寿をまっとうして亡くなったが、生前、彼は自作曲は自作曲のみで出版されることを望み、自作曲が他の作曲家の曲と一緒に出版されることを拒絶していた。
【研究】アート・テイタム アート・テイタム Art Tatum (1909–’56)は、ノース・キャロライナ州からオウハイオウ州トリードウ Toledo へと、20世紀初め頃に移ってきた音楽家の両親のもと、’09年に生れている。彼の両親もその一部だった南部から北部への黒人の大移動について、Wikipedia 英語版はテイタムの解説のなかで詳説しているので、この本の主題からはやや逸れるが触れてみよう。
【研究】アレック・ワイルダーのアメリカ・ポピュラー音楽論 アレック・ワイルダーは著書《American Popular Music》で[Without a Song]に触れて「これは事実上アート・ソング art song だ」と書いている。art song とか arty という表現で〈芸術っぽい、芸術を気取っている、芸術的すぎる〉という否定的な意味に使い、そういう意味ではリチャード・ロジャーズもときにはジェロウム・カーンもやり玉に挙げる。
【研究】アメリカ的なもの 2([What’s Going On]について) [What’s Going On]は訳出したように〈なにが行われているか、始まっているか〉、〈そこで行われていること、始まっていること〉といった意味だが、マーヴィン・ゲイはこのあと次作として《Let’s Get It On》というアルバムをつくっている。