[Without a Song]Without a Song ヴィンセント・ユーマンズの書いた曲で、エドワード・エリスクとウィリアム・ロウズが作詞者に名を連ねた。ミュージカル【Great Day】に使われ、1929年に出版された曲である。
[With a Song in My Heart]With a Song in My Heart ロジャーズ・アンド・ハートの1929年の作品で、同年のミュージカル【Spring Is Here】に使われた曲だ。そのなかではリリアン・テイズ Lillian Taiz とジョン・ハンドリィ John Hundley が歌った。
[Witchcraft]Witchcraft 作詞キャロリン・リー、作曲サイ・コウルマンの1957年の作品で、コウルマンがキャロリン・リーと組んだ最初のヒット曲だった。フランク・シナトラの歌でヒットしたが、もとはジュリアス・モンク Julius Monk 制作のナイトクラブ・レヴュー【Take Five】で使われ、そこではジェリィ・マスューズ Gerry Matthews が歌った。
[Will You Still Be Mine?]Will You Still Be Mine? マット・デニスが曲を書いてトム・アデアが歌詞をつけた’41年の曲で、映画やミュージカルとは関係ない。この年、デニスはこの曲のほかにも10曲ほど書き、そのどれも非常に質の高いスタンダードになっていて、この時期は創作意欲旺盛なときだった。
[Wild Is the Wind]Wild Is the Wind ワシントンとティオムキンの二人が書いた’57年のアンナ・マニヤーニ Anna Magnani、アンソニィ・クウィン Anthony Quinn 主演の同名の映画『Wild Is the Wind 野性の息吹き』の主題歌である。
[Why Try to Change Me Now]Why Try to Change Me Now この曲は、当時まだ23歳で作編曲の仕事を始めたばかりのサイ・コウルマンが書き、ジョウゼフ・アラン・マカースィ・ジュニアが歌詞を書いた。フランク・スィナトラは’40年代初めからソロ活動に入って、ジャズ歌手の新しい形を作りつつあり、すごい勢いで上昇してきたが、この頃’50年代初めは私生活のことも含めて大きく下降していて、ちょうどコロンビア・レコードとの契約切れを迎えたところだった。それに加えてコロンビアのA&R(Artists and Repertoire)マン/ミチ・ミラー Mitch Miller とうまくいかなくなり、コロンビアを出るのはやむを得ない展開だった。
[Who’s Sorry Now?]Who’s Sorry Now? キャルマーとルビーが作詞し、スナイダー作曲の’23年の曲で、ヴォードヴィルでヴァンとシェンク Van and Schenck のグループによって歌われてヒットした。
[Who?]Who? オットー・ハーバックとオスカー・ハマースタイン二世が作詞し、ジェロウム・カーンが作曲して、1925年のミュージカル【Sunny】に使われた曲である。そのなかではマリリン・ミラーとポール・フローリィ Paul Frawley が歌った。
[Who Cares?]Who Cares? ジョージとアイラのガーシュウィン兄弟が’31年のミュージカル【Of Thee I Sing】に書いた曲で、そのなかではウィリアム・ギャクストンとロイス・モラン Lois Moran が歌った。
[Who Can I Turn To?]Who Can I Turn To? ブリッカスとニューリーのコンビが’64年につくり、翌年のミュージカル【The Roar of the Greasepaint─The Smell of the Crowd ドーランの叫び─観客の匂い】に挿入され、それに出演もしたニューリーが歌った。