[I’m Putting All My Eggs in One Basket]I’m Putting All My Eggs in One Basket 1936年のフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズ主演のRKO映画『Follow the Fleet』にアーヴィング・バーリンが書いた曲である。映画では中ほどでアステアが珍しくピアノを弾いてこのメロディを奏でる。
[I Used to Be Color Blind]I Used to Be Color Blind アーヴィング・バーリンが1938年のアステアとロジャーズ主演のRKO映画『Carefree』に書いた曲の一つである。物語りはアステアが精神分析医でロジャーズが患者というかたちで進む。
[I Got the Sun in the Morning]I Got the Sun in the Morning アーヴィング・バーリンが1946年のミュージカル【Annie, Get Your Gun】に書いた曲で、そのなかではエセル・マーマンが歌った。またこのミュージカルは映画化され、そちらの『Annie, Get Your Gun』(MGM, 1950)ではベティ・ハットンが歌っている。
[How Deep Is the Ocean (How High Is the Sky)]How Deep Is the Ocean (How High Is the Sky) アーヴィング・バーリンのミュージカルや映画に書いた数多くの曲と違って、それらに関係のない単独のヒットとなった1932年の曲だ。ただしそのもとは彼が1930年のアル・ジョルソン主演の映画『Mammy』(Warner)に書いた[To My Mammy]という曲だった。
[Heat Wave]Heat Wave アーヴィング・バーリンが1933年のミュージカル【As Thousands Cheer】に書いた曲で、そこではエセル・ウォーターズが歌った。このショウは事実上レヴューで、まるで新聞やテレビのニュース欄でも見るように事件や記事を歌や踊りをまじえ風刺をきかせて見せていった。
[Easter Parade]Easter Parade 1933年にアーヴィング・バーリンが書いた曲で、同年のミュージカル【As Thousands Cheer】に使われ、クリフトン・ウェブとマリリン・ミラーによって歌われた。がこのメロディは、最初は彼が1917年に[Smile and Show Your Dimple]という曲名で書いたものだった。
[Cheek to Cheek]Cheek to Cheek アーヴィング・バーリンが1935年のフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズ主演のRKO映画『Top Hat』に書いた曲で、そのなかではアステアが歌い、また二人が踊った。
[Change Partners]Change Partners アーヴィング・バーリンが1938年のフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズ主演のRKO映画『Carefree』のために書いた曲である。彼はその前年の’37年(バーグリーン書には’38年とあるがたぶん誤りだろう)の1月に、奥さんと転調できるピアノを車の後ろに牽引して、避寒地のアリゾナ州フェニックスにでかけていった。
[Blue Skies]Blue Skies 1926年12月に開幕したロジャーズ・アンド・ハートのショウ【Betsy】に出演することになっていたベル・ベイカー Belle Baker の依頼をうけて、アーヴィング・バーリンが特別に書いた曲だ。
[Anything You Can Do]Anything You Can Do アーヴィング・バーリンが1946年のミュージカル【Annie, Get Your Gun】に書いたもので、そこではエセル・マーマンとレイ・ミドルトンが歌った。その映画化『Annie, Get Your Gun』(MGM, 1950)ではベティ・ハットンとハワード・キールが歌っている。