[Birth of the Blues, The]The Birth of the Blues デスィルヴァ、ブラウン、ヘンダーソンの三人組によってつくられた曲で’26年の【George White Scandals of 1926】に入れられ、舞台ではハリー・リッチマン Harry Richman が歌った。
[Black and Blue]Black and Blue ワーラーとラザフのコンビが書き、’29年の黒人ばかりのレヴュー【Hot Chocolates】に挿入された曲である。このレヴューには有名な[Ain’t Misbehavin’]も入っていた。
[Be My Love]Be My Love サミー・カーンとニコラス・ブロツキィの’49年の作でマリオ・ランザ Mario Lanza のレコードがヒットしたが、その翌年、MGM映画『The Toast of New Orleans』に挿入され、そこではマリオ・ランザとキャスリン・グレイソンが歌った。
[April in Paris]April in Paris E・Y・ハーパーグとヴァーノン・デュークが’32年のレヴュー【Walk a Little Faster】に書いた曲で、なかではイーヴリン・ホイ Evelyn Hoey が歌った。
[All or Nothing at All]All or Nothing at All ローレンスとアルトマンの二人による曲で、映画やミュージカルとは関係なくつくられている。’40年にコロンビアから出たスィナトラ/ハリー・ジェイムズ Harry James 盤のレコードが最初だった。ただしこれはたいして売れず、’43 年にシナトラが彗星の如く出てきて有名になってから改めて売れ、結局ミリオン・セラーとなった。
[You’re My Everything]You’re My Everything モート・ディクソンとジョウ・ヤング作詞、ハリー・ウォーレン作曲で、’31年のミュージカル【The Laugh Parade】 に使われた曲で、なかでジーン・オーバート Jeanne Aubert とローレンス・グレイ Lawrence Gray が歌った。
[You’d Be So Nice to Come Home To]You’d Be So Nice to Come Home To コウル・ポーターが’43年のミュージカル映画『Something to Shout About』に書いた曲で、ジャネット・ブレア Janet Blair とドン・アミーチェ Don Ameche が歌った。ブレア(’21-2007)はペンスィルヴァニアの田舎の教会のコーラスで歌っていたが、ハル・ケンプ楽団のオーディションを受けて通り、専属歌手を二年間勤めた。それからLAの Cocoanut Grove で歌っているところをコロンビアのスカウトに見出され、その直後にケンプが自動車事故で亡くなってしまったこともあって映画界入りして、これが第一作となった。
[What the World Needs Now Is Love]What the World Needs Now Is Love デイヴィドとバカラックの’65年のヒット曲で、彼らの曲としては初期のほうに属するものだ。’58年から彼らの協同の曲づくりは始まるが、[Wives and Lovers](’63)、[Walk on By](’64)、[A House Is Not a Home](’64)などがそれまでの彼らのヒット曲で、これからのちも続続とヒット曲が飛び出してくる。
[Very Thought of You, The]The Very Thought of You レイ・ノウブルが’34年につくった曲で、当時はノウブル自身のレコードとグレン・グレイのカサロマ・オーケストラのものが売れた。少したって’44年の同題名の映画『The Very Thought of You』の主題歌としても使われたが、これは映画としては駄作の部類で話題にならなかった。
[Try to Remember]Try to Remember トム・ジョーンズ作詞、ハーヴェイ・シュミット作曲で、’60年のオフ・ブロードウェイ・ミュージカル【The Fantasticks】に使われた曲である。