[Silent Night]Silent Night この曲は1818年にオーストリアの神父ヨーゼフ・モールが作詞し、教会オルガニストのフランツ・グルーバーが作曲した作品である。従って歌詞はドイツ語で、メロディもグルーバーのオリジナルと現在歌われているものとは(とくに最終節部分が)少し異なるという。
[Santa Claus Is Comin’ to Town]Santa Claus Is Comin’ to Town これはヘイヴン・ギレスピ、J・フレッド・クーツの二人が1934年に書いた曲で、今や日本でも知らない人がいないくらいに有名になった。’34年9月下旬の雨の日にギレスピはニューヨークの Leo Feist 楽譜出版社のエドガー・ビトナーに呼び出されて、子供向けのクリスマス曲の依頼を受けた。
[Rudolph the Red-Nosed Reindeer]Rudolph the Red-Nosed Reindeer 邦名[赤鼻のトナカイ]で日本でもよく知られているこの曲は、最初はカントリー・ウエスタン歌手ジーン・オートリィ Gene Autry が1949年に歌ってヒットした。作曲のジョニー・マークスが歌詞も書いたが、それは彼の義理の兄弟であるロバート・L・メイの書いた子供向けの物語りをもとにしていたので、彼はメイにクレディットを与えている。
[O Little Town of Bethlehem]O Little Town of Bethlehem これはボストンのトリニティ Trinity(三位一体)教会の牧師フィリップス・ブルックスが歌詞を書き、オルガン奏者のルイス・ヘンリー・レドナーが作曲したもので、1868年の作品である。ブルックス(1835-1893)は商人の子としてボストンで生れ、2メートル近い、当時としてはかなりの大男だった。
[O Holy Night (Christmas Song)]O Holy Night (Christmas Song) 19世紀にフランスで書かれた曲で、フランスでは[Cantique de Noel クリスマス聖歌]として知られていた。それで英語では括弧して(Christmas Song)と付記されることが多い。田舎町でワインのアドヴァイザーをやり時どき詩を書いていたプラスィド・カポー(1808-’77)が、1847年にこの曲の原詩を書いた。
[O Come, All Ye Faithful (Adeste Fideles)]O Come, All Ye Faithful (Adeste Fideles) フランスのドゥエイ Douai のカトリック大学で単旋聖歌の写譜をやっていたジョン・フランスィス・ウェイドが、正確には1740年から三年間ぐらいのあいだにこの曲を書いたと言われる。ドゥエイはフランス北部の街で、16~17世紀に英国から追放されたカトリック教徒(つまり非国教徒だが)が住みつき、政治的、宗教的中心をなした場所である。
[O Christmas Tree (O Tannenbaum)]O Christmas Tree (O Tannenbaum) これはもとはドイツ民謡、ドイツ・クリスマス・キャロルの一つである。[O Tannenbaum]というドイツ語歌詞は1550年まで遡れるそうで、一般には16世紀ごろにできてきたトラディショナルで、それがイギリスに伝わったと言われている。
[Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow!]Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow! これはサミー・カーンとジュール・スタインが1945年に書いた曲で、大きなヒットとなり、ヴォーン・モンロウ(1912-’73)の歌と彼の楽団のレコードが翌年チャートのトップを飾った。だが歌詞にはクリスマスへの言及がなく、ただ漠然と冬を表現しているにすぎず、厳密にはクリスマス曲として意図されたものではなかった。
[Joy to the World]Joy to the World [もろびとこぞりて]の邦題で知られている賛美歌#98で、歌詞はアイザック・ワッツが書いた。メロディはヘンデルの[Messiah]から取られている。このメロディは私たちが子供のころ学校で習ったものだし、ドシラソファミレドという出だしはとても印象的で、誰もが知っている曲だろう。
[Jolly Old Saint Nicholas]Jolly Old Saint Nicholas この曲はトラディショナルというのではなさそうで、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカでだれかが作ったようだ。しかし作詞曲者を示すような資料はなにも見つからず、もしかしたら作詞曲者があえて名を伏せたか隠したのかもしれない。