[Runnin’ Wild]Runnin’ Wild クレディットのうえではギブズ、ウッド、グレイの三人の’22年の共作で、もとはヴォードヴィルでヒットしたものだ。が正確にはギブズが作曲し、ウッドとグレイが作詞したもので、当時はアート・ヒックマン楽団のレコードがヒットした。
[Please Send Me Someone to Love]Please Send Me Someone to Love リズム&ブルース歌手でピアニストでもあったパースィ・メイフィールドが’50年に書いた曲で、映画、ミュージカルとは関係ない。Specialty というレイベルから彼自身が歌って出したレコードが売れて、R&Bのトップ・ヒットとなった。
[Penthouse Serenade]Penthouse Serenade ウィル・ジェイソンとヴァル・バートンが’31年に書いたもので、映画、ミュージカルとは関係がない。エイブ・ライマンのレコードが最初だが、その後ハリー・ジェイムズも録音している。
[Peg o’ My Heart]Peg o’ My Heart アルフレッド・ブライアンが作詞し、フレッド・フィッシャーが作曲してレヴュー【Ziegfeld Follies of 1913】に使われた曲で、そこではホセ・コリンズ José Collins が歌った。
[Nobody’s Sweetheart]Nobody’s Sweetheart カーン、アードマン、マイヤーズ、シューベルの四人の’24年の作で、レヴュー【The Passing Show of 1923】がニューヨークで開演したあと、暫くしてから挿入され使われた。
[Nobody Knows You When You’re Down and Out]Nobody Knows You When You’re Down and Out ジミー・コックスというヴォードヴィルの役者が’23年につくったブルースで、彼が舞台で歌ってひろめた。レコードは’27年にボビー・ベイカー Bobby Baker が録音したものが最初だが、’29年5月15日にベスィ・スミス(1894-’37)の吹きこんだものが大変よく売れた。
[Moanin’ Low]Moanin’ Low ハワード・ディーツ作詞、ラルフ・レインジャー作曲で’29年につくられ、レヴュー【The Little Show】に使用挿入された。このレヴューはディーツが作曲のアーサー・シュワーツと組んだ最初のもので、ケイ・スウィフトとポール・ジェイムズの[Can’t We Be Friends]など他の作詞家、作曲家の曲も使われていた。
[Mam’selle]Mam’selle マック・ゴードン作詞、エドマンド・グールディング作曲で’47年にクレディットされている。が実際にはその前年の映画『The Razor’s Edge』(20th Century-Fox)に使用挿入されているので、少し前に書かれたようだ。
[Luck, Be a Lady]Luck, Be a Lady フランク・レッサーが’50年のミュージカル【Guys and Dolls】に書いた曲で、そのなかではロバート・アルダが歌った。このミュージカルはプロデューサーのサイ・フォイアー Cy Feuer とアーネスト・マーティン Ernest Martin が、【South Pacific】の成功に刺激されて、デイモン・ラニアン Damon Runyon (1884-’46)の短編小説《The Idyll of Miss Sarah Brown》をミュージカル化しようとしたものだった。
[Love Walked In]Love Walked In ジョージとアイラのガーシュウィン兄弟が書き、’38年のミュージカル映画『Goldwyn Follies』(United Artists)に使われた曲だ。そのなかではケニー・ベイカーが歌った。