[Liza]Liza ガス・カーンとガーシュウィン兄弟がフローレンズ・ズィーグフェルド制作の’29年のミュージカル【Show Girl】に書いた曲で、舞台では当時名前が売れつつあったデューク・エリントン楽団が伴奏し、ニック・ルーカス Nick Lucas がこれを歌いルビィ・キーラー Ruby Keeler が踊った。
[My Buddy]My Buddy ガス・カーンとウォルター・ドナルドソンのコンビで1922年に作られた曲で、映画やショウには関係なく出された。《The American Song Book: The Tin Pan Alley Era》(Philip Furia and Laurie Patterson, Oxford University Press, 2016)には「ドナルドソンの許嫁が亡くなり、彼女のことを想ってその悲しみを彼が曲にした」とある。
[Makin’ Whoopee]Makin’ Whoopee エディ・キャンター Eddie Cantor 主演の’28年のミュージカル【Whoopee】のなかに使われた曲で、ガス・カーン作詞、ウォルター・ドナルドソン作曲で、キャンターが歌った。フロウレンズ・ズィーグフェルド Florenz Ziegfeld がプロデュースし、379回も続く大ヒットだったが、ズィーグフェルドが破産して閉幕となり、そうでなければもっと続いていたろう。
[Pretty Baby]Pretty Baby これはピアニストのトニー・ジャクソンが書いた古い曲で、ガス・カーンが作詞し、【The Passing Show of1916】に使われた曲だ。そのショウに使われたときに多分エグバート・ヴァン・アルスタインがヴァースをつけ加えたようで、彼の名もクレディットに入っている。
[Guilty]Guilty これはガス・カーンとハリー・アクストが作詞し、リチャード・ホワイティングが作曲した’31年の曲だが、クレディットでは三人共作となっている。この曲は映画とは関係がなく、またカーンがルース・エティングの歌を意図して書いたのでミュージカルに使われる予定だったが、結局使われず、ミュージカルとも関係がなかった。
[One I Love Belongs to Somebody Else, The]The One I Love Belongs to Somebody Else これはガス・カーン作詞、アイシャム・ジョーンズ作曲でミュージカルや映画とは関係なくつくられ、1924年にジョーンズ楽団の演奏やアル・ジョルソン、ソフィ・タッカーの歌で有名になった曲だ。
[I’ll Never Be the Same]I’ll Never Be the Same これはピアニストのフランク・スィニョレリとヴァイオリン奏者でソングライターでもあったマット・マルネックが1932年につくった曲で、ガス・カーンが歌詞を書いている。
[I’m Thru with Love]I’m Thru with Love ヴァイオリニストのマット・マルネックとリード奏者でアレンジャーのファッド・リヴィングストーンが作曲し、ガス・カーンが作詞して、1931年につくられた曲である。映画、ミュージカルとは関係なく、ミルドレッド・ベイリィが最初に歌い、同年7月にビング・クロズビィの歌がチャートの3位に、トランペットのヘンリィ・バス Henry Busse のオーケストラでリチャード・バリィの歌が7位にランクされた。
[Dream a Little Dream of Me]Dream a Little Dream of Me ウィルバー・シュワントとフェビアン・アンドレが作曲し、ガス・カーンが歌詞をつけた1931年の曲で、ミュージカル、映画とは関係ない。最初にウェイン・キング・オーケストラが録音してヒットし、それからケイト・スミスが歌って有名になった。
[Coquette]Coquette ジョン・W・グリーン(あるいはジョニー・グリーン)が書いてガス・カーンが作詞した1928年の曲で、ガイ・ロンバードとロイアル・カナディアンズのレコードがヒットして売れた。グリーンは前年の’27年に、まだハーヴァード大学在学中にこの曲を書いたという。