Episode #002 「うん、どうやらこのバンドが好きになってきたな」

 フレッチャー・ヘンダーソンはルイ・アームストロングに彼のバンドに入らないかと誘ったが、その最初のリハーサルのときのアームストロングについて彼はこう語る。

──正直言って僕はルイがこの申し出を受けるとは期持していなかったので、彼が本当にニューヨークにきて、僕のバンドに加わったときは驚いた。

 バンドの連中は最初はこの新参者に遠慮がちだったし、ちょっと緊張した雰囲気だった。リハーサルで彼は、美しいアイルランドのワルツ・メドレイのトランペット譜に当惑していた。楽譜には強弱記号がいっぱい書いてあったが、ある個所でオーケストレイションが fff フォルティスィスィモから pp ピアニスィモに次第に弱くなるところがあった。

 バンドはこの指示に従って静かに演奏していたが、ルイはそのまま大きな音で吹いていた。僕はバンドをとめて「ルイ、きみは編曲に従ってないよ」と言った。するとルイは「僕はちゃんと楽譜どおりにやっているよ」と言ってはんばくしたので、僕は「でもルイ、じゃあその pp はどうなんだい?」と言った。すると「あれ、僕は pp は〝pound plenty ガンガン〞ならせかと思ったんだ」とルイは答えて僕らみんなを笑わせた。そのあとにはもうなんの緊張もなくなった。

 僕の素晴らしいオーケストラにはクラシックあがりの真面目なミュージシャンが大勢いたんだが、彼らは最初はルイの趣味にはちょっと堅物すぎたようだった。でもリハーサルもお終いに近<なってトロンボーン奏者とベース奏者のあいだに喧嘩が始まり、あげくは上着をぬいでつかみ合いになったので僕が止めに入らなければならなかったんだが、これがルイの気持ちをほぐしたようだった。そこでやっと彼はこう言ったよ。

「うん、どうやらこのバンドが好きになってきたな」